久遠寺 法華経編.3

出演者プロフィール

尾中 謙文

尾中 謙文 (おなか あきふみ)

認知科学者。国内外の政府機関や企業トップへの戦略プランニング。北京オリンピック、衆議院選挙などでの先端テクノロジーを使ったプレゼンテーション。AXTVなどのネットメディアのキャスター。 NHK「7時のニュース」「法隆寺」など作曲プロデューサー、CM映像監督、デザイナー。ダライラマ法王との「地球の未来の対話」など、常に時代の最先端のテーマを発信している。

増田 勇樹

増田 勇樹 (ますだ ゆうき)

陰陽師/霊能者として、Spirituality ( スピリチュアリティー ) とビジネス能力をベースに大手企業のCEOからプロスポーツ 選手等のコンサルティングを行なっている。 「心の在り方を中心」に目には見えない世界の流れと共に ビジネスシーンやさまざまなジャンルの著名人に影響を もたらしている。 一人ひとりに、Mind(意識)を正しく動かすことと Spirit(スピリット)心を充実させることの大切さ、 世の中の法則(実体、本質、真理や原理)を伝えている。

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身延山久遠寺

日蓮宗 総本山

身延山久遠寺

身延山久遠寺(くおんじ)は、山梨県南巨摩郡身延町にある、日蓮宗の総本山です。 鎌倉時代、疫病や天災が相次ぐ世を「法華経」をもってすべての人々を救おうとした日蓮聖人は、三度にわたり幕府に諫言(かんげん)を行いましたが、いずれも受け入れられることはありませんでした。当時、身延山は甲斐の国波木井(はきい)郷を治める地頭の南部実長(さねなが)の領地でした。日蓮聖人は信者であった実長の招きにより、1274(文永11)年、身延山に入山し、鷹取山(たかとりやま)のふもとの西谷に構えた草庵を住処としました。このことにより、1274年5月17日を日蓮聖人身延入山の日、同年6月17日を身延山開闢(かいびゃく)の日としています。日蓮聖人は、これ以来足かけ9年の永きにわたり法華経の読誦(どくじゅ)と門弟たちの教導に終始し、1281(弘安4)年11月24日には旧庵を廃して本格的な堂宇を建築し、自ら「身延山久遠寺」と命名されました。


【住所】

山梨県南巨摩郡身延町身延3567


【アクセス】

JR身延線特急、身延駅下車
中央自動車道・中部横断道、増穂ICより国道52号にて身延

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身延山久遠寺 用語解説

■戒・定・慧(かい・じょう・え)

□戒(かい)

自戒すること。
自戒とは、セルフコントロールすることであり、
自分で決めたルールを守ること。
戒律とは、戒律の「戒」が自分が決めたルール、「律」が他人が決めたルール。
人は、ルールを守ることができない。
そのため、迷いを切り捨てることも、抜け出すこともできない。
身の回りを綺麗にしたり、執着を捨てたりすることで、戒が達成できる。

□定(じょう)

人は、生き方が定まらない。ブレが多い。
そのため、ゴールを決めても目標にたどり着くことができない。
ひとつのことを最後までやりきることで、
ブレない自分をつくることができる。

□慧(え)

人は経験を積めば積むほど、学びが多くなればなるほど傲慢になる。
真の智慧とは、情報や知識の集積ではなく、
得た知識や経験を横に置き、自分を空にすること。
空になった自分は執着が無くなり、変化が容易になり、
自分が得た智慧よりも、もっと素晴らしい智慧を得ることができるようになる。

■蓮の花

仏教では泥水の中から生じ、清浄な美しい花を咲かせる姿が仏の智慧や慈悲の象徴とされ、様々に意匠されている。 (Wikipediaより)


■日蓮 にちれん

鎌倉時代の仏教の僧。鎌倉仏教の宗旨のひとつ日蓮宗(法華宗)の宗祖。 身延の地頭、波木井実長の領地に入山し、身延山を寄進され身延山久遠寺を開山。「法華経」によってのみ末世の国家の平安もありうることを悟ったとされる。(Wikipediaより)


■法華経 ほけきょう

妙法蓮華経という仏教経典。経典の原品は、サンスクリット(梵語)にて記されており、梵語名では「サッド・ダルマ・プンダリーカ・スートラ」という。 日蓮は、「南無妙法蓮華経」の題目を唱え(唱題行)、妙法蓮華経に帰命していくなかで凡夫の身の中にも仏性が目覚めてゆき、真の成仏の道を歩むことが出来る、という教えを説き、法華宗各派の祖となり、法華経信仰が日本全国の大衆にまで広まり始めた。(Wikipediaより)


■神仏分離しんぶつぶんり

神仏習合の慣習を禁止し、神道と仏教、神と仏、神社と寺院とをはっきり区別させること。 早くは中世から見られるが、一般には江戸時代中期後期以後の儒教や国学や復古神道に伴うものを指し、狭義には明治新政府により出された神仏分離令(正式には神仏判然令。太政官布告、神祇官事務局達、太政官達など一連の通達の総称)に基づき全国的に公的に行われたものを指す。(Wikipediaより)


■南部実長(なんぶ さねなが)

鎌倉時代中期の御家人。 父光行から甲斐国巨摩郡内の波木井、御牧、飯野三郷を割譲され、地頭職を兼ねた。1238年、4代将軍藤原頼経が上洛した際には、兄実光と共に随兵を務めた。文永6年(1269年)頃、鎌倉での辻説法を聞き深く感銘し日蓮に帰依する。そして同11年(1274年)には、流罪を解かれ佐渡から鎌倉に戻った日蓮を波木井郷へ招き入れ、まもなく領内の身延山中に草庵を造営し外護の任にあたった。弘安4年(1281年)、十間四面の堂宇を建立寄進し「妙法華院久遠寺」と命名、また実長も出家し法寂院日円と号した。 (Wikipediaより)


■蒙古(もうこ)

モンゴル高原に居住する遊牧民や、彼らが居住する地域についての自称モンゴルに対する、中国語による音写の一種。鎌倉時代では、「もうこ」と共に「むくり」や「むこ」などとも呼んでいた。 又、元寇とは、日本の鎌倉時代中期に、当時大陸を支配していたモンゴル帝国(元)及びその服属政権となった高麗王国によって二度に渡り行われた対日本侵攻の呼称である。一度目を文永の役(ぶんえいのえき・1274年)、二度目を弘安の役(こうあんのえき・1281年)という。蒙古襲来とも表現する場合もあり、主に九州北部が戦場となった。 (Wikipediaより)


周辺情報

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    富士五湖の西のはずれにある本栖湖は、周囲12.6km、面積5.1平方km、水深127mの湖で、富士五湖の中でも観光開発がそれほど進んでいない手付かずの自然が残されている湖です。
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    七面山は山梨百名山の一つで標高1,982m。山頂の敬慎院には身延山の守護神である七面大明神が祭られている信仰の山です。
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    身延山久遠寺周辺は、日本さくら名所百選に選ばれるほど、全国で有数の桜の名所です。  特に久遠寺を飾る樹齢400年のしだれ桜は、その花と樹型が美しく、見る人を魅了します。
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    約1㎞にわたる道路沿いに、全国の俳句愛好家等から寄せられ俳句や短歌の小さな石碑が1,100基以上点在しています。人生の喜怒哀楽がつまった石碑を、野辺がやさしく包みこみ春には千本桜が咲き誇ります。
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    身延駅の改札口を出ると瓦屋根に白壁造りのなつかしい街並みが広がります。 その商店街の通称が『しょうにん通り』です。 和風に統一された街並みは清々しく、身延町ならではの情景です。

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