寒川神社 神主編

出演者プロフィール

尾中 謙文

尾中 謙文 (おなか あきふみ)

認知科学者。国内外の政府機関や企業トップへの戦略プランニング。
北京オリンピック、衆議院選挙などでの先端テクノロジーを使ったプレゼンテーション。AXTVなどのネットメディアのキャスター。
NHK「7時のニュース」「法隆寺」など作曲プロデューサー、CM映像監督、デザイナー。ダライラマ法王との「地球の未来の対話」など、常に時代の最先端のテーマを発信している。

増田 勇樹

増田 勇樹 (ますだ ゆうき)

陰陽師/霊能者として、Spirituality ( スピリチュアリティー ) とビジネス能力をベースに大手企業のCEOからプロスポーツ 選手等のコンサルティングを行なっている。 「心の在り方を中心」に目には見えない世界の流れと共に ビジネスシーンやさまざまなジャンルの著名人に影響を もたらしている。 一人ひとりに、Mind(意識)を正しく動かすことと Spirit(スピリット)心を充実させることの大切さ、 世の中の法則(実体、本質、真理や原理)を伝えている。

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寒川神社について

相模国一宮

寒川神社

寒川神社(さむかわじんじゃ)は神奈川県高座郡寒川町宮山に鎮座する神社。相模国一宮であり、関八州鎮護の神として古くからこの地方の名祠とあがめられています。 総国風土記によると、約千五百年前雄略天皇の御代に幣帛を奉納せられたと記述があり、当時既に関東地方に於ける著名の神社として知られていたと考えることができます。また源頼朝、北條義時、武田信玄等の武将、徳川家代々の篤い信仰をうけている事でも知られています。 御祭神は、寒川比古命(さむかわひこのみこと)と寒川比女命(さむかわひめのみこと)のニ柱の神を祀り、寒川大明神と奉称しています。 寒川大明神は相模国を中心に広く関東地方をご開拓になられ、衣食住など人間生活の根源を開発指導せられた関東地方文化の生みの親神様として敬仰されてきました。 また関八州の守り神として、江戸の正裏鬼門をお護りするお社としても、全国唯一の方位除・八方除の守護神と信仰されています。


【住所】

神奈川県高座郡寒川町宮山3916

TEL 0467-75-0004(代表)


【アクセス】

JR相模線の「宮山」駅より徒歩5分
圏央道「海老名インター」、東名高速道路「厚木インター」小田原厚木道路「伊勢原インター」より。
相模線に沿って進み中里交差点より2~3分


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関連キーワード

寒川神社(さむかわじんじゃ)用語解説

■名神大社(みょうじんたいしゃ)

名神大社(みょうじんたいしゃ)とは、日本の律令制下において、名神祭の対象となる神々(名神)を祀る神社である。古代における社格の1つとされ、その全てが大社(官幣大社・国幣大社)に列していることから「名神大社」と呼ばれる。名神(みょうじん)は神々の中で特に古来より霊験が著しいとされる神に対する称号。(Wikipediaより)


■八方除

方違え(かたたがえ、かたちがえ)とは、陰陽道に基づいて平安時代以降に行われていた風習のひとつ。方忌み(かたいみ)とも言う。 外出や造作、宮中の政、戦の開始などの際、その方角の吉凶を占い、その方角が悪いといったん別の方向に出かけ、目的地の方角が悪い方角にならないようにした。(Wikipedia/寒川神社サイトより)


寒川神社は、古くより関八州の守り神、また江戸の正裏鬼門をお護りするお社として、全国唯一の方位除・八方除の守護神として信仰されています。地相・家相・方位・日柄・厄年などに由来する、すべての禍事・災難を取り除き、家業繁栄・福徳円満な日々をもたらすと言われているのが八方除の信仰です。(寒川神社サイトより)


■延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)

延長5年(927年)にまとめられた『延喜式』の巻九・十のことで、当時「官社」とされていた全国の神社一覧である。延喜式神名帳に記載された神社、および現代におけるその論社を「延喜式の内に記載された神社」の意味で延喜式内社、または単に式内社(しきないしゃ)、式社(しきしゃ)といい、一種の社格となっている。(Wikipediaより)


■国造(くに の みやつこ・こくぞう・こくそうい)

古代日本における地方官である。軍事権、裁判権なども持ち、実質的にその地方の支配者であったが、大化の改新以降は主に祭祀を司る世襲制の名誉職となった。訓の「みやつこ」とは「御奴(ミヤツコ)」または「御家つ子」の意味とされる。(Wikipediaより)


■寒川大明神(さむかわだいみょうじん)

寒川比古命と寒川比女命。ニ柱の神を祀り、寒川大明神と奉称しています。寒川大明神は相模国を中心に広く関東地方をご開拓になられ、衣食住など人間生活の根源を開発指導せられた関東地方文化の生みの親神様として敬仰されてきました。(寒川神社サイトより)



■視聴率祈願

テレビ界では古くから「視聴率祈願の神社」として知られ、新番組開始前に視聴率獲得を祈願して参拝を行うテレビ関係者は後を絶たない。一例として「踊る大捜査線」でもフジテレビが奉納祈願している。(Wikipediaより)


周辺情報

  • 大(応)神塚古墳
    大(応)神塚(おおじんづか)古墳
    安楽寺西側にある前方後円墳で、築造は5世紀前半。明治41年に発掘調査が行われました。
  • 相模川
    相模川
    富士山の伏流水を水源とし、山梨県・神奈川県を流れて、相模湾に注ぐ一級河川。江戸時代には、鮎漁をはじめとする漁業もさかんで、相模川で採れた鮎は江戸まで運ばれるほど有名でした。
  • ■行安寺・阿弥陀三尊像
    行安寺・阿弥陀三尊像
    行安寺の開基は、徳川家康の関東入封以来、倉見に領地を持った旗本高木清方。本尊の阿弥陀如来坐像は、天正10年(1582)に造立されたものです。 寒川町指定重要文化財。
  • 倉見神社本殿
    倉見神社本殿
    寛保元年(1741年)寒川神社本殿として建てられ、明治27年(1894年)に倉見神社へ移築されました。境内には、根元から2mほどのところで二股に分かれている夫婦欅(めおとけやき)もあります。寒川町指定重要文化財。
  • 念宗寺
    念宗寺(ねんそうじ)・阿弥陀如来坐像・雉子稲荷(きじいなり)
    天正2年(1574)、岌道によって創建されたと伝えられ、本尊は、阿弥陀如来坐像で室町時代の作とされています。境内には、稲荷の小祠(しょうし)があり、念宗寺のお坊さんと狐の昔話が伝わっています。
  • 安楽寺大日如来坐像
    安楽寺大日如来坐像
    安楽寺は古義真言宗の中核的な寺院で寒川町内はもとより藤沢・茅ヶ崎・海老名市域にも末寺がありました。本尊は木造 大日如来坐像で、町域では最も古い仏像です。町指定重要文化財。
  • 信玄芝原公園
    信玄芝原公園
    永禄12年(1569年)小田原を攻めた武田信玄が帰りに寒川神社に立ち寄り、武運を祈願した際、ここに陣を張ったとの伝承があります。
  • 梶原景時館跡
    梶原景時館跡(かじわらかげときやかたあと)
    梶原景時は治承4年(1180年)8月、源頼朝挙兵の時、石橋山の合戦で洞窟に逃れた頼朝の一命を救いました。翌年正月、頼朝の信任厚い家臣となり鎌倉幕府の土台を築くのに貢献し、この地に館を構えたと伝えられています。内堀や外堀の伝承地などもあり、天満宮も館の一部と伝えられていました。
  • 伝梶原七士の墓
    伝梶原七士の墓
    正治2年(1200年)、梶原景時一族郎党が一之宮を出発、途中清水で討死し、家族、家臣らが弔ったという説や、景時父子が討死後、奥方を守って信州に隠れていた家臣七人が、世情が変わったのを見て鎌倉に梶原氏の復権を願い出たが許されず自害し、それを祭ったとも言われています。(寒川の文化財より)
  • 相模国準四国八十八ヶ所札所
    相模国準四国八十八ヶ所札所
    準四国霊場は四国八十八ヶ所の簡易版で、手軽に巡ることができ、四国霊場と同じ御利益がいただけるということで、江戸時代の文化・文政の頃にこの庶民信仰が全国的に流行しました。文化二年(1805)に浅場太郎右衛門が、創設にとりかかったと言われています。(記載情報/写真:寒川町観光協会)

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